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第154回 「新しいチャンスとリスク」

2018年07月02日

株式会社マネーパートナーズ   ホームページ寄稿 2018年 7月

 6月12日のトランプ・金正恩の首脳会談は、異常と云うしかないメディアの騒ぎぶりは別として、確かに21世紀の国際外交史上に残る出来事になったようだ。会談が終わった直後のメディアの論調は、「北鮮の核放棄の確証が充分でない。案じられた通り、北鮮の時間稼ぎに終わった。72才のトランプが36才の金正恩にしてやられた。」という、会談の意義に否定的なものが圧倒的に多かった。ところが面白いことに、2、3日経つと議論が変わり始めた、「ひょっとしたらこの会談は金正恩の、北鮮の、長期的変化の兆しを明らかにした画期的な出来事だったのかもしれない。」という声が聞こえ始めたのである。

 その背景には会談前後の2人を綿密に追った映像が、どう見ても2人の間には今迄全く予想されなかった人間的なコミュニケーションが生まれた可能性を暗示していたからである。共同声明は曖昧であったにせよ、新しい人間的関係の樹立というもっと重要なものが作られたのではないかという期待である。

 変化の兆候はあった。金正恩はかつての核兵力最優先から、核と経済発展の両立に変わり、首脳会談前には経済発展優先を公言する迄になっていた。考えて見れば、核兵力強化のために国力の大半を注ぎ、国際的制裁を受けて経済が危機的状態になるという現実を前にして、36才の青年が、「一体この道を進んだ先にどういう北鮮という国があるのだろうか?」と自問自答してもおかしくはない。祖父や父親と同じような仮想敵国群に向けた狂信的な敵意に対するきわめて普通な疑問であり、自らの指導力で北鮮を豊かで繁栄した国に造り上げる可能性への憧景である。

 トランプは明らかに金正恩に対して米国と敵対した時の絶望的なコストの大きさを示すと同時に、米国と和解したときに金正恩が手にするであろう大きな夢について語ったようだ。会談後の金正恩の言動を見ると、大きな流れはプラスの方向に動いているようだ。勿論今後の具体的な進展はすべてが可能性の段階である。核廃棄と制裁解除のプロセスの調整は最も重要だが最も困難な課題である。北鮮内で依然強硬な軍隊や保守派を金正恩が果たしてコントロールできるかどうかもまだ判らない。「金正恩は虎に乗っている」と云われる。虎に乗ってる限り強いが、降りたら喰い殺されるという含意であろう。そして更に基本的問題は、仮に北鮮が開放改革政策に転じたとしても、それが共産党独裁下の国家資本主義に向かうのか、民主主義的市場経済に向かうのか判らないということである。韓国、米国、中国、ロシアの企業は世界でもおそらく最後の、低賃金で統制のとれた3千万の労働力をねらって目を覚ました。北朝鮮をめぐる情勢は確かに動き始めた。新しいチャンスとリスクが生まれたようである。

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プロフィール

  • 著者近影 行天 豊雄(ぎょうてんとよお)
    1931年生まれ。55年東京大学経済学部卒業後、大蔵省に入省。プリンストン大学留学。国際通貨基金、アジア開発銀行に出向、国際金融局長、財務官などを歴任。89年退官後、ハーバード大学、プリンストン大学の客員教授を経て、92年から96年まで東京銀行会長。95年12月に国際通貨研究所初代理事長となる。2016年10月より同研究所の名誉顧問に就任。98年には小渕首相の助言役として内閣特別顧問を努めた。著書には「富の興亡-円とドルの歴史」(東洋経済新報社)など。

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